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      <title>マリンの日記</title>
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      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
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            <item>
         <title>八月革命説</title>
         <description><![CDATA[八月革命説（はちがつかくめいせつ）とは、1945年（昭和20年）8月のポツダム宣言受諾により、主権の所在が天皇から国民に移行し、日本国憲法は新たに主権者となった国民が制定したと考える学説のこと。主権の所在の移行を、法的な意味での革命と解することから、八月革命説と称される。憲法学者・宮沢俊義により提唱された。
八月革命説は、大日本帝国憲法の改正として成立した日本国憲法について、憲法改正限界説に立った場合の憲法制定過程の説明理論である。

すなわち、天皇主権を基本とする大日本帝国憲法から国民主権を基本とする日本国憲法への改正は、憲法改正の限界を超える。しかし、「1945年（昭和20年）8月のポツダム宣言受諾」により天皇から国民へ主権の所在が移行し、法的に一種の「革命」（八月革命）があったと解される。したがって、日本国憲法は新たに主権者となった国民が制定した憲法であり、改正手続は形式的な意味しか持たない。

このように、八月革命説は、革命という法的な擬制（フィクション）を用いて、日本国憲法の成立を説明した。
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多くの近代的な成文憲法には、その内容として、憲法自体の改正手続を定めている。この改正手続に従って行われた憲法改正は、法的に正当なものとして承認される。もっとも、この手続に依ったとしても改正し得ない、「憲法改正の限界」を憲法に明記してあるものもある。また、このような憲法改正の限界が明記されていない場合にも、改正を憲法全体に及ぼすことができるのか、それとも法理上一定の限界があるかについては、学説上争いがある。これが、憲法改正無限界説と憲法改正限界説との争いである。
憲法改正無限界説によれば、憲法改正手続に従った改正は、いかなる内容への改正も法的に正当化される。これに対して、憲法改正限界説によれば、憲法改正手続に従った改正といえども、改正前憲法の基本原理・根本規範を改めてしまうような改正は、改正前憲法によっては法的に正当化されないとされる。]]></description>
         <link>http://jantasy.tajlea.biz/2009/12/post_52.html</link>
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         <pubDate>Wed, 09 Dec 2009 02:51:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>男はつらいよ</title>
         <description><![CDATA[『男はつらいよ』（おとこはつらいよ）は、渥美清主演、山田洋次原作・監督（一部作品除く）のテレビドラマおよび映画である。テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子に故郷の葛飾柴又に戻ってきては何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。旅先で出会った「マドンナ」に毎度のことながら惚れつつも、結局いい人どまりで終わってしまう寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることが多い。
1968年 - 1969年に、フジテレビが制作・放送したテレビドラマが最初である。このテレビ版のヒットが、映画化につながった。

映画シリーズは、松竹によって1969年（昭和44年）から1995年（平成7年）までに全48作が、1997年（平成9年）に特別編1本が製作された。なお、第1作は1969年6月には完成していたらしいが、一時お蔵入りとなり、8月になってから上映された。

山田洋次が全48作の原作・脚本を担当。第3作、第4作を除く46作を自ら監督した。第3作の監督は森崎東、第4作は小林俊一である。第5作を山田が再び監督し、シリーズを完結させる予定であったが、あまりのヒットに続編の制作が決定した。
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以降、全作品がヒットして松竹のドル箱シリーズとなり、30作を超えた時点で世界最長の映画シリーズとしてギネスブック国際版にも認定された。ただしこれは作品数においてであり、年数では『ゴジラ』シリーズの方が長い。渥美の死去により、1995年に公開された第48作『寅次郎紅の花』をもって幕を閉じた。その後、ファンからのラブコールが多かったとの事で、『寅次郎ハイビスカスの花』を再編集し、新撮影分を加えた『寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』が1997年に公開された。また渥美の死により、第49作および本来の最終作となるはずだった第50作が未撮影になった。]]></description>
         <link>http://jantasy.tajlea.biz/2009/11/post_51.html</link>
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         <pubDate>Mon, 30 Nov 2009 01:04:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>笑点音頭</title>
         <description><![CDATA[番組放送当初はオープニング曲は無かったが、1967年1月29日より立川談志作詞・宮崎尚志作曲による「笑点音頭」が出来上がり放送された。歌はすべての歌唱パートを談志が受け持ち、大喜利メンバー（5代目三遊亭圓楽、桂歌丸、春風亭梅橋、4代目三遊亭小圓遊、林家こん平）と座布団運びとして新加入した毒蝮三太夫がバックコーラスを担当している（アーティスト名は「立川談志&笑点グループ」）。放送当時の1967年にキングレコードからレコード発売された。のちに、企画盤のうちの一曲として複数のレコード会社からCD化されている。

1969年11月に談志が司会を降板した後、新テーマ曲として『笑点のテーマ』が導入された。中村八大が作曲した「チャンチャカチャカチャカ、チャンチャン」というお馴染みのフレーズは現在では「笑点」の代名詞ともなっている。

また、導入当初は司会・前田武彦による歌詞があった。歌は前田と当時の大喜利メンバーが歌ったが、メンバーチェンジを期にインストゥルメンタルのバージョンとなり現在に至っている。歌丸曰く「あまりの下手さに不評を買った」[6]とのことで、歌つきの映像・音源は日テレにも現存していない。
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1985年3月31日まで使用されていた初期バージョンは、東海林修の編曲・指揮により、ジャズのオーケストラ形式で録音されたが、効果音係が、効果音の一つとして使用していたクラクションの操作ミスによって、最後の部分に妙な音調で「パフ」という音を入れてしまった。ただし、好評だったのでそのまま採用され、後述の再録音の際にも再現されるなど、「笑点のテーマ」のシンボルとなった。また、提供社名を流す際の番組開始・終了用音楽は、アレンジが微妙に異なり、曲の最後の部分でブラスの音が強調されていた。これらの音源は、後述のステレオ再録音の音源が採用されるまで使用され続けた。尚、当番組は1980年4月6日放送分からステレオ放送となっているが、それから後述のステレオ再録音が使われるまでは、このモノラル音源を擬似ステレオ化した物が使われていた。]]></description>
         <link>http://jantasy.tajlea.biz/2009/11/post_50.html</link>
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         <pubDate>Thu, 26 Nov 2009 01:34:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title> 李氏朝鮮前期</title>
         <description><![CDATA[李氏朝鮮はその建国の由来からして、慕華崇明の念を強く持つものであった。高麗の一武官であった李成桂は、明の遼東半島攻略を命じられるが、親明事大を標榜し軍を翻して政権を掌握し（威化島回軍）李朝を建国する。また、元の年号、風俗を廃止して明のそれに換え、文化面においても積極的に中華文明を取り入れていった。

李朝前期の小中華思想では、高麗期と同様、文化的には中華に次するもしくは並ぶとされていたが、歴史の長さや儒教の伝統でも中華に張り合おうとする主張が見られるなど、朝鮮の文化的優秀性は既に中華王朝と等しいと自己を評価していた[1]。その一方、政治的には明に事大し臣下の礼を尽くすことになる。これは建国時の親明事大政策に併せて、朝鮮性理学の確立により朱子学が朝鮮社会の支配理念になったことにも影響されている。つまり朱子学の大義名文論を受け、明と李朝の関係を明確に君臣関係と位置づけ「今夫以小事大、君臣之分己定、則不度時之難易、不催勢之利害、務盡其誠而己」（事大は君臣の分、難易利害に関わらず誠を尽くすのみ）と、外交上の一手段であったはずの事大政策それそのものが目的に昇華されることになる。こうした結果、李朝では通常の冊封国よりも強く明を奉ることになり、例え犯罪者であっても明人であれば勝手に処刑できず、丁重に明へ輸送する慣わしになっていた。そのため、後期倭寇と対峙した武官は、戦闘中に倭人、明人の判別をつけ、明人を生け捕りにするという難題を強いられ、誤って明人倭寇を殺害した武官が処罰を受けることすらあった。これは当時の明が、海禁政策を破って海外渡航した者を自国民と認めない棄民政策を採っていたことを考えると、李朝の明を上国と崇める崇明の念の強さが伺い知れる。
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一方、李朝前期には小中華思想における他者化の面も顕在化する。]]></description>
         <link>http://jantasy.tajlea.biz/2009/11/post_49.html</link>
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         <pubDate>Wed, 11 Nov 2009 01:01:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title> 鍼灸・ツボ刺激療法</title>
         <description><![CDATA[全身の体質を調整するのに有効。継続した治療が必要で、1回の施術で治るものではない。 
整骨院やあんま・マッサージを主としてる治療院では、肩こり・腰痛などの診断・治療しか念頭に置いていないため、鍼灸専門、もしくは脈診などの東洋医学的診断を行う所で治療を受ける方が適切である。 
鍼灸治療も学会が枝葉に分かれているために、治療内容が異なっており、体質改善のための治療としてはどこの治療院でも有効な治療ができるとは限らないので合わない治療をされるとかえって悪化を招くので注意。 
アトピーの体質としてある痒みによる不眠、多夢、足の冷え、イライラ感、憂鬱感にもある程度効果がある。 
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鍼（針）は痒みのある部位に刺すわけではなく、東洋医学の診断に基づいた手足のツボに治療することが多い。 
灸はツボとしては、深谷灸法という治療法で肩髃というツボにお灸を行う。他にも痒い部位にすることも多く、皮膚炎の周囲と、一番痒いところに米粒くらいの艾（もぐさ）でお灸をする。痒みのあるところは痛みを感じにくく、熱さに対して鈍感であり、また少し火傷（やけど）にもなりにくい傾向がある。 
神経系統を刺激する療法においては、時としていわゆる好転反応がおきやすい。一時的に症状の悪化を招くことがあるので、必ず経験者に経過を見せ、アドバイスを得る必要がある。炎症がひどいときはステロイド外用剤の使用をためらうべきでない。 ]]></description>
         <link>http://jantasy.tajlea.biz/2009/10/post_48.html</link>
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         <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 16:09:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>楽人の正式な装束は衣冠</title>
         <description><![CDATA[楽人の正式な装束は衣冠、または狩衣が原則であるが、明治以降に楽部が直垂を制定して以降は神社仏閣や民間の伝承団体でも直垂を着用する場合が多い。直垂の場合、生地は海松色（みるいろ）と呼ばれる、見る角度によって色彩が変わる美しいものが使われる場合が多い。略式では比較的安価な白衣に差袴（神職の普段着と同様）、稀に夏には統一の浴衣（俗楽の浴衣ざらいに倣う）となる。装束を統一しない場合、僧職は法衣、女性は女性神職装束や巫女装束、一般的な和服の場合がある。通常、化粧しない（女性は薄化粧の場合有り、三管の場合は口紅を塗らない）が、舞人と兼任の場合や、祭り等によっては厚化粧の場合もある。

舞人の装束は国風歌舞や謡物では白系、唐楽では赤系、高麗楽では緑、茶、黄褐色系が多い。それぞれに、特定の曲目専用の装束（別装束）と、複数の曲目で共通に使う装束（襲装束、等）がある。
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曲によっては指定の仮面を着用する場合がある。仮面を付けない曲の場合や、仮面が指定された曲を女性や少年少女が舞う場合は仮面を付けずに素顔のままか、化粧（団体によっては歌舞伎舞踊と同様の舞台化粧）をする場合がある。

尚、これらの正式な装束、仮面（特に別装束、とりわけ、童舞の装束）は大変高価であるため、これらを購入できる神社仏閣、団体は大規模な神社、寺院や財政に余裕がある団体に限定される。]]></description>
         <link>http://jantasy.tajlea.biz/2009/10/post_47.html</link>
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         <pubDate>Tue, 20 Oct 2009 01:26:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>塩基対における水素結合</title>
         <description><![CDATA[DNAの場合、アデニン (A) とチミン (T)、グアニン (G) とシトシン (C) は水素結合を形成する。AT対が2つの水素結合を形成するのに対し、GC対は3つの水素結合を形成する。そのため、GC含有量が大きい領域では安定性が高まる。略号の A + T が Weak の頭文字W、G + C が Strong の頭文字Sとなっているわけである。

一方、RNAは、アデニン (A) とウラシル (U)、グアニン (G) とシトシン (C) で塩基対を形成する。塩基としてチミンではなくウラシルで構成されるが、ウラシルもチミン同様ピリミジン骨格であり、アデニンと塩基対を形成する。ウラシルは、チミンのメチル基が水素基に置換された塩基である。
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比較的広範囲で使われている略号を示した。分野によってはこれと異なった略号を用いることもある（修飾塩基など）。また、塩基とヌクレオシドを区別したい場合は三文字の略号を使う場合もある。

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         <pubDate>Sat, 20 Jun 2009 06:05:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>村落（そんらく）とは、人口や家屋の密度が小さく</title>
         <description><![CDATA[第一次産業に従事する人の割合が高い集落を指す。単に村とも呼ばれる。対義語は都市。

地理学的概念である集落に対して、村落は、人間関係の社会的・文化的な統合状態に基づく社会学的概念である。広義では地縁集団にも含まれるが、村落は、地縁集団に比べて、人間関係の社会的、文化的な自律的統合単位でなければならず、政治的な単位として形成されている地域社会の一種として位置づけられる。

よく似た概念で、より通俗的な用語として田舎がある。

行政的な区分と形態的な区分で、英語または文化人類学では、villageとhamletとして区分する。hamletが、自然に形成された本来の村落を指す。
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 産業別分類 [編集]
農村：住民が主として農業に従事している村落。日本の村落の大半が農村である。 
漁村：住民が主として漁業に従事している村落。日本では、大半が漁業の他に農業も行う半農半漁村であり、漁業だけを行う純漁村は少ない。 
山村：山間にある村落。住民は林業と農業に従事している事が多い。農村と併せて農山村という。 
例：戸隠、春野、上宝、荘川、十津川、本宮、板井原。 
行政文書等で一括して表現する場合は「農山漁村」と呼ぶ。

形状別分類 [編集]
集村 
家屋が数十軒から数百軒集まっている村落。 
塊村 
家屋が不規則に塊状に分布している集落。西南日本でよく見られる。 
列村 
家屋が自然堤防や山麓の湧水線に沿って、列状に分布している村落。 
例：三依、栄村、井川、水窪。 
路村 
家屋が道路に沿って列状に分布している村落。開拓地などに見られる。 
例：泰阜、里美。 
街村: 
家屋や商店が、道路に沿って列状に分布している村落。路村よりも道路への依存度が高い。 
例：矢祭、広野。 
円村・環村: 
中央の円形・楕円形の広場を取り囲んで、家屋が環状に分布している村落。ヨーロッパの中世の開拓集落でよく見られる。 
散村・散居村 
家屋が一軒ずつ分散している村落。北陸地方の砺波平野、山陰の出雲平野、北海道の屯田兵の開拓地、アメリカやカナダのタウンシップ制による村落が知られている。成立の背景はそれ違うが、政策によって成立した所が多い。 
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         <pubDate>Tue, 02 Jun 2009 08:05:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>渤海では唐制の16衛</title>
         <description><![CDATA[渤海では唐制の16衛に倣い左右猛賁、左右熊衛、左右羆衛、南左右衛、北左右衛の10衛が中央に設けられていた。また地方には府兵制が確立されていたと考えられている。しかし渤海後期になると、府兵制が次第に崩壊し、左右の神策軍、左右三軍が設置された。これらは唐の北衙六軍との関連が認められ、渤海王室が設置した常備軍であった。

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渤海の司法制度に関しては、唐の文宗の時代に大彝震の治世には法律の運用面で国内が安定していた事を示す史料があり、渤海は法律面でも整備が進んでいた事の傍証となっている。律令格式は他の統治方式同様に唐制を模倣したものと考えられている。

司法機関としては中正台、礼部、大理寺が任務に当った。

中正台 
渤海最高の監察機関であり、長官の大中正は官民の監督の他、王室内部の粛清や、礼部、大理寺と重要案件を審議する権限を有していた。 
礼部 
渤海最高の司法機関であり、徒隷、勾覆、関禁の政令を職責としていた。 
大理寺 
渤海最高の裁判機関であり、訴訟を担当すると共に、礼部とともに裁判員の人選を行っていた。 
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         <pubDate>Thu, 30 Apr 2009 07:37:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>王 巡（おう じゅん)</title>
         <description><![CDATA[王 巡（おう じゅん、? - 23年）は、中国の新代の武将。

王莽配下の武将である。始建国2年（10年）、王莽が立国将軍孫建に命じ12将軍を率いて匈奴を討伐させると、王巡も震狄将軍として、厭難将軍陳欽とともに雲中郡から出撃している。その後も陳欽とともに雲中郡の葛邪塞に駐屯し、しばしば進攻してくる匈奴と交戦した。

しばらくすると、王巡は三輔に召喚され、車騎将軍に任命されている。地皇4年（23年）正月、納言将軍荘尤、秩宗将軍陳茂、左隊大夫王呉とともに、南陽の反新軍（のち更始帝を擁立）を討伐するよう王莽から命じられた。

同年10月、更始帝配下の軍が長安を攻撃してくると、王巡は大司馬王邑らとともに、部隊を率いて抗戦したが、ついに城内への進入を許してしまう。王巡は、漸台にいた王莽を護衛し、迫り来る敵軍を懸命に食い止めたが、ついに白兵戦の中で戦死した。

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         <pubDate>Tue, 14 Apr 2009 13:34:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>稲妻雷五郎</title>
         <description><![CDATA[稲妻雷五郎（いなづま らいごろう、享和2年(1802年) - 明治10年(1877年)3月29日）は大相撲の第7代横綱。
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人物 [編集]
常陸国阿波崎村(現茨城県稲敷市)出身。生年には寛政7年(1795年)説もある。本名は根本才助。身長188cm、体重145kg。

文政4年（1821年）2月幕下で槇ノ嶌の四股名で初土俵。同7年(1824年)10月、稲妻に改名し入幕すると、

7年10月 西前頭4枚目 7勝1預2休 
8年1月 西小結 5勝2敗3休 
8年10月 西小結 8勝1敗1休 
9年1月 西関脇 6勝1敗1分2休 
9年10月 西関脇 7勝1分1預1休 
10年3月 西関脇 5勝2休 
と好成績を続けて大関に上る。平幕1場所、小結2場所、関脇3場所での大関昇進は、看板大関でなく平幕から取っての実力大関としては、異例の早さだった。同じ雲州力士の先人雷電爲右エ門をもしのぐ。

文政11年（1828年）7月、京都五条家から横綱免許。これをめぐって吉田司家と五条家の間で紛糾したが、13年将軍徳川家斉の上覧相撲に際して阿武松緑之助とともに横綱土俵入りを披露する必要が生じ、吉田司家側が折れる形で決着。13年9月に司家免許も受けた。のち、引退後の安政6年(1859年)に神祇管領から「ゆうだすき」という白い麻綱を送られ、これも横綱の一種と解して三つの横綱免許を持つ唯一の力士とする見方もある。

阿武松とよく競いあって（稲妻の4勝5敗1分1預）、文政から天保の相撲人気を支えた。川柳に、

雷電と稲妻雲の抱えなり 
稲妻はもう雷電になる下地 
などと詠まれ、かつての雲州力士の強豪雷電と比較されるほどだったことがわかる。怪力で知られ、銭のたっぷり詰まった火鉢を片手で持ち上げ、煙管の火を着けるほどだったといわれる（エピソードの項参照）。生涯成績は、幕内通算25場所130勝13敗14分3預1無勝負73休、勝率9割9厘、優勝相当成績12回。古今十傑（谷風、小野川、雷電、稲妻、陣幕、梅ヶ谷（初代）、常陸山、太刀山、栃木山、双葉山）の一人とされる。

現役を引退後は雲州相撲頭取をつとめたが、藩財政緊縮の動きの中で大きな働きはなくて終わった。

また、力士の粗暴を戒め、精神の鍛錬を進めた「相撲訓」を著し、 「稲妻の去り行く空や秋の風」という辞世を残すほどの風流人であったといわれる。

タレントの山咲トオルは稲妻雷五郎の子孫（玄孫）である。

エピソード [編集]
あるとき青山の質屋が、普通の人では両手でも持ち上がらない唐金製の火鉢の底に天保銭10貫（100枚）を隠して埋めておいた。今日ばかりはいつものようにはいくまいという家人の視線をよそに、稲妻が火鉢を左手に取り、右手のキセルに火を吸い付ける様子は、普通人がタバコ盆を扱うのと変わりがなかった。その怪力に驚嘆した質屋は、その天保銭入り火鉢を稲妻に贈ったという。

五条家から横綱を許されたとき宮中に召され、仁孝天皇が御簾のうちからご覧になったが、頂戴した清酒4斗樽2駄（200kg）を両手に下げたまま静かに後ずさりして階を降りた。

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         <pubDate>Tue, 31 Mar 2009 09:03:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>保元の乱、平治の乱</title>
         <description><![CDATA[保元元年（1156年）の保元の乱では池禅尼が崇徳上皇の子・重仁親王の乳母だったことから、清盛の立場は難しいものであったが一門の結束につとめ、後白河天皇側について勝利をもたらし播磨守、大宰大弐となる。信西（藤原通憲）と藤原信頼・二条親政派の対立では中立的立場をとっていたが、平治元年（1159年）の平治の乱で政権を握った藤原信頼・経宗・惟方などの反信西派を一掃することで、急速にその政治的地位を高めることになる。この過程で源義朝・源重成・源季実・源光保といった有力武士が滅亡したため、清盛は武士の第一人者として朝廷の軍事力・警察力を掌握した。これにより、清盛は武家政権樹立の礎を築くにいたったのである。
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全盛期
清盛は二条天皇の乳父、室の時子は乳母となり天皇の後見役をつとめて検非違使別当・中納言になる一方、後白河上皇の院庁の別当にもなり、天皇・上皇の双方に仕えることで磐石の体制を築いていった。応保元年（1161年）9月後白河上皇と平滋子の間に第七皇子（憲仁親王、後の高倉天皇）が生まれると、平時忠・教盛が立太子を画策した。二条天皇はこの動きに激怒し、時忠・教盛・藤原成親・藤原信隆を解官して後白河院政を停止した。清盛は天皇の皇居に武士を宿直させて警護することで、二条天皇支持の姿勢を明確にした。翌年3月には平治の乱で配流されていた二条天皇親政派の藤原経宗が帰京を許され、6月には時忠・源資賢が二条天皇を賀茂社で呪詛した罪で配流された。清盛は二条天皇の厚い信任を受け、親政を軌道に乗せた。さらに関白・藤原基実に娘・盛子を嫁がせて、摂関家とも緊密な関係を結んだ。院政を停止させられた後白河上皇への配慮も怠りなく、長寛2年（1164年）蓮華王院を後白河上皇のために造営している。蓮華王院には荘園・所領が寄進され、後白河上皇の経済基盤も強化された。二条天皇は後白河上皇の動きに警戒心を抱き、長寛3年（1165年）重盛を参議に任じて平氏への依存を深めるが、7月28日崩御した。

後継者の六条天皇は幼少であり基実が摂政として政治を主導して、清盛は大納言に昇進して基実を補佐した。9月、時忠が帰京を許され、12月25日に憲仁親王が親王宣下を受けると、清盛は勅別当になった。後白河院政派は次第に勢力を盛り返していたが、清盛は後白河上皇の行動・性格に不安を覚え、院政復活を望まなかったという。永万2年（1166年）7月26日摂政・氏長者の基実が急死して後白河院政が復活すると、基実の子・基通が幼少であることから弟・基房が摂政となる。基房は後白河上皇の近臣として信頼が厚く、基実の領していた摂関家領が基房に移動すれば平氏にとって大打撃となる。清盛は藤原邦綱の助言により、殿下渡領・勧学院領・御堂流寺院領を除いた私的家領を後家の盛子に相続させることで、摂関家領の管轄に成功した。10月10日に憲仁親王が立太子すると清盛は春宮大夫となり、11月には内大臣となった。翌仁安2年（1167年）2月に太政大臣になるが、太政大臣は白河天皇の治世に藤原師実と摂関を争って敗れた信長が就任してからは実権のない名誉職に過ぎず、わずか3ヶ月で辞任する。清盛は政界から引退し、嫡子・重盛は仁安2年5月宣旨により東海・東山・山陽・南海道の治安警察権を委任され、後継者の地位についたことを内外に明らかにした。
仁安3年（1168年）清盛は病に倒れ、出家する。原因は「寸白（すびゃく）」（寄生虫の病）だったとされる。清盛の病状が政情不安をもたらすことを危惧した後白河上皇は、当初の予定を早めて六条天皇から憲仁親王に譲位させることで体制の安定を図った。病から回復した清盛は福原に別荘を造営して、かねてからの念願だった厳島神社の整備・日宋貿易の拡大に没頭する。嘉応元年（1169年）後白河上皇は出家して法皇となるが、清盛は後白河法皇とともに東大寺で受戒して協調につとめた。これは、鳥羽法皇と藤原忠実が同日に受戒した例に倣ったものであった。この頃は、後白河法皇が福原を訪れ宋人に面会、清盛の娘・徳子が高倉天皇に入内、福原で後白河法皇と清盛が千僧供養を行うなど両者の関係は友好的に推移していた。この間、平氏一門は隆盛を極め、一族で主要官位を独占し、全国に500余りの荘園を保有し、日宋貿易を推進して莫大な財貨を手にし、平時忠をして「平氏にあらざれば人にあらず」といわしめた。


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         <pubDate>Mon, 16 Mar 2009 11:20:47 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>アンフォーラ</title>
         <description><![CDATA[アイノス 
アパス 
アンフォーラ 
イロシャ 
ウクタン 
ウチク 
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オーロラ 
オグーサ 
オクル 
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オジュン 
オルラ 
ギーゼラー 
帰郷 
クセルクセス 
グラハト 
グリーツ 
クレストの星 
コーンラ 
サピスカヤ 
サラロト 
ジュングラ 
スルフ 
タウタ 
ダシャル 
タフン 
医療惑星。 
ダルショング 
ダルナル 
テルカレン 
ドゥルハム 
トラムプ 
イルト族が住んでいたが、未知の種族が行った実験により核火災が発生し、恒星に突入して消滅した。グッキーの故郷。 
ナエスドニク 
ナ=ティル 
ニュートン 
ニュテット 
ノウルセン 
ノーホェア 
アラスが基地を置いていた惑星。「銀河一の医療技術を持つ種族」の名を守るために、治療できない患者たちを島流しにしていた。 
ノトリン 
ハーサグ 
ファルランド 
ファロング 
フォシル 
プラツァ・デ・ブラヴォス 
ベイネルト 
ペムブローク 
ボルジャレフ 
ミュイ 
メタ 
メンツ・アルト・コルヴィシュ 
モダル 
モナースポイント 
Ustrac 
正式名称は、ユナイテッド・スターズ・トレーニング・センター。USO訓練センターがある。第185巻。 
ラヴリー 
ルートヴェルト 
ルールス 
レフォル 
レヤン 
ロアノケ 
ロゲル 
ワシュン 
ダラク 
ワホウィッチ 
ワムプス 
ワンダラー 
精神知性体 "それ" が住む人工惑星。直径600メートルの皿状の大地をエネルギーバリアによって覆われ、"それ" の意志によって宇宙を自由に移動することができる。 

実在する星団・星域
ヘルクレス座球状星団 
別名M13。アルコン帝国の中心世界。第19巻。 
恒星41=B=1847ArqH星系 
サオス 
星系4186-4-162 
アルコン星系 
アルコンI 
アルコンII 
アルコンIII 
ナート 
ナートル 
ムトラル 
ヴォガ星系 
ツァリト 
ケスナル星系 
アラロン 
アラスの本拠地。医療惑星。 
ゲラ星系 
ゲラル 
ゴノム星系 
ゴム 
ラロス 
スナルフ星系 
スナルフォト 
タトレル星系 
ホヌル 
フォルト星系 
ソルテン 
モーフ星系 
モル星系 
ラトン星系 
ツグラン 
ルスマ星系 
アルヘツ 
その他の惑星 
ゴンツァ 
シリコ 
シリコV 
スマト 
オリオン渦状肢 
太陽系帝国の主要星系のほとんどが存在する。 
銀河中枢部 
恒星六角形 
「島の王たち」が建造した恒星転送機。6つのほぼ同じ大きさの恒星が正六角形に並んでいる。第100巻。 
ブルーの星系 
スフィンクス（ドロラー） 
アコン帝国の首都星。 
ラムセス 
プレアデス星団 
昴（すばる）のこと。散開星団。第100巻。 
プレセペ星団 
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         <pubDate>Sun, 01 Mar 2009 07:59:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本の古代道路</title>
         <description><![CDATA[日本の古代道路（にほんのこだいどうろ）は、古代日本の中央政府が飛鳥時代から平安時代前期にかけて計画的に整備・建設した道路または道路網を指す。地方では6m～12m、都の周囲では24m～42mに及ぶ広い幅員を持ち、また、路線形状が直線的である（時に直線が数十kmにわたる）という特徴を持つ。当時の中国（隋・唐）における道路制度の強い影響が想定されている。直線道路は、まず7世紀初頭の奈良盆地で建設されはじめ、7世紀中期ごろに全国的な整備が進んでいった。そして、8世紀末～9世紀初頭（平安時代初頭）の行政改革により次第に衰退し始め、10世紀末～11世紀初頭に廃絶した。
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日本における道路建設が始まったのは、5世紀だとする記録（日本書紀）もあるが、詳しくは判っておらず、疑問視する意見が多い。確実なのは、6世紀の奈良盆地においてであろうと考えられている。ただ、この頃に建設された道路は、広い幅員、直線的な形状といった特徴はまだ備えていなかった。

直線的な道路が計画的に整備されたのは、7世紀からだとされている。奈良盆地では、7世紀初頭に宮都が置かれていた飛鳥へ向かう直線道路が建設され、その後ほどなくして、飛鳥から奈良盆地を北上する直線道路が、平行して3本（上ツ道、中ツ道、下ツ道）作られるとともに、それに直交する直線道路が河内方面へ向かって作られた（横大路）。また、河内平野では京からの直線道路が難波に通じており（難波大道）、これら２つの大路を結ぶのが日本最古の官道竹内街道である。これらの道路は、36m～42mという非常に広い幅員を持っていた。こうした直線道路の出現の背景には、7世紀初頭に派遣された遣隋使により、隋の広大な直線道路に関する情報がもたらされた影響があるのだろうと考えられている。

大化の改新により646年正月に出された改新の詔では、駅伝制を布く旨の記述があり、これを契機として計画的な直線道路網が全国的に整備され始めたのではないかとする説がある。改新の詔については、その信憑性を巡って根強い論争が続いているが、発掘調査などによれば、少なくとも大化の改新直後には畿内及び山陽道で直線的な駅路や駅家の整備が行われ、680年頃までには九州（西海道）北部から関東地方（東海道）に至るまでの広範囲にわたって整備が進んだようである。

日本の駅伝制は、前述したとおり、（真偽に関する議論はあるが）大化の改新の詔において初めて定められ、8世紀に制定・施行された律令において詳細な規定がおかれた。律令の駅伝制は、駅路と伝路から構成されていた。

駅路は、中央と地方との情報連絡を目的とした路線で、各地方拠点を最短経路で直線的に結んでおり、約16kmごとに駅家が置かれていた。律令の地方制度は五畿七道といい、中央である五畿と地方である七道から成っていたが、七道のそれぞれに駅路が引かれた。駅路はその重要度から、大路・中路・小路に区分され、当時、国内最重要路線だった中央と大宰府を結ぶ山陽道と西海道の一部が大路、中央と東国を結ぶ東海道・東山道が中路、それ以外が小路とされていた。駅家に置く馬（駅馬という）は、大路で20疋、中路で10疋、小路で5疋と定められており、使者が駅馬を利用するには、駅鈴が交付されている必要があった。

伝路は、中央から地方への使者を送迎することを目的としており、郡ごとに伝馬が5疋置かれる規定となっていた。伝路は各地域の拠点である郡家を結んでいたため、地方間の情報伝達も担っていたと考えられている。

このように、駅路と伝路は別々に整備されていたが、路線が重複する区間では、駅路が伝路を兼ねることもあったようである。駅路は、重要な情報をいち早く中央－地方の間で伝達することを主目的としていたため、路線は直線的な形状を示し、旧来の集落・拠点とは無関係に路線が通り、道路幅も9m～12m（場所によっては20m）と広く、地域間を結ぶハイウェイとしての性格を色濃く持っていた。対して、伝路は旧来の地域拠点である郡家間を結ぶ地域道路としての性格が強い。伝路は以前からの自然発生的なルートなどが改良されて、整備されたと見られており、道路幅が6m前後であることが多い。両者の関係は、現代日本における高速道路と在来道路との関係に類似しているとの指摘もある。実際に、古代駅路と高速道路の設定ルートや、駅家とインターチェンジの設定位置が、ほぼ同一となっている事例も多く見られる。

奈良時代最末期から平安時代初期にかけて、行政改革が精力的に行われたが、駅伝制においても駅家や駅馬、伝馬の削減などが実施され、伝路は次第に駅路へ統合されていくこととなった。ただし、地域の実情と無関係に設置された駅路は次第に利用されることが少なくなり、従来の伝路を駅路として取り扱うことが多くなった。これに伴い、従来の駅路は廃絶していき、存続したとしても6m幅に狭められることが多かった（広い幅員の道路を維持管理することには大きな負担が伴うからである）。

10世紀前期に編纂された延喜式には、駅路（七道）ごとに各駅名が記載されており、これを元に当時の駅路を大まかに復元することができる。しかし、駅伝制は急速に衰退していき、10世紀後期または11世紀初頭には、名実共に駅伝制も駅路も廃絶した。

 形状
広い幅員と長大な直線形状を示す古代道路は、特に飛鳥時代～奈良時代に建設された駅路に多く、これを前期駅路という。前期駅路は、多くの場合9m～12m、畿内に近い地域では20mの道路幅をもち、平野部においては直線形状が数十kmに及ぶこともあった。丘陵地帯においても、斜面を切削し、谷間を埋め立て、直線形状を保つよう設計されていた。また、駅路の両側には2～4mの側溝が設けられた。側溝は駅路とその周囲を区分するとともに、路面上の排水などの役割があったと考えられている。

伝路は、旧来からの交通路が改良されることが多かったが、場所によっては駅路と同様に直線形状を示すこともあった。道路幅は、発掘調査によれば6mであるケースが多いが、必ずしも規格が設定されていた訳ではなさそうである。また、平安時代に入ると駅路の道路幅が伝路と同じく6mに狭められ、これを後期駅路という。後期駅路では、前期駅路の路線が踏襲されるのが一般的だったが、異なる路線が設定されたり伝路を駅路とする例もあった。

発掘された駅路は、中央部がわずかに窪んでいることが多い。これは、往来する人馬に踏み固められたものと見られる。窪んでいることにより、おそらく道路中央には水たまりができて、往来に支障を来すだけでなく、道路の維持管理にも多大な労力を要していたと考えられる。また、路面には轍と思われる跡も見つかっている。以前は、古代日本で車が用いられることはあまり想定されていなかったが、発掘結果からは、かなり頻繁に車が使用されていた可能性を指摘する意見もある。

道路の建設に関することは、ほとんど判っていない。建設には非常に厖大な労働力を必要としたはずであるが、労働力をどのように調達したのか、労働力を賄う費用は誰が負担したのか、などは史料がほとんどないこともあって判明していない。また、一定の幅員で長大な直線形状を持つ道路を、つくる技術についても判っていない。おそらく、中国の測量技術・土木技術がもたらされたと考えられるが、詳細は不明である。中国から技術者が帰化したのか、日本人が中国の技術を学んだのかも判らない。どのような工法により、道路が建設されたかも明らかとなっていない。

性格
駅路は、中央と地方間の情報伝達のためのハイウェイとして位置づけられていたが、その目的だけとしては、幅員が広すぎるという問題がある。広い幅員で直線的な道路には、いくつかの性格が与えられていたと見られている。

一つは、外国の賓客に見せるためのデモンストレーションだったとする見方である。外国からの使者が特に往来する山陽道は大路とされ、他の駅路より広い道路幅を持つとともに、多くの駅馬と瓦葺きの駅家を備えていた。このように国威を外国に示すための役割も負っていたのではないかと考えられている。

しかし、全ての駅路を外国使節が通過した訳ではない。そこで地域の豪族・住民らへのデモンストレーションだったとする見方もある。地域の経済力・技術力では建設し得ない規模の道路の存在が、中央政府の強大な権威を誇示する役割を担っていたとしている。

また、軍用道路としての性格を唱える見方もある。世界各地の古代道路を見ると、軍事的な性格を持つものが多く、日本の古代道路もその例外ではないとする。また、律令において、駅伝制は兵部省の所管となっており、飛鳥時代から奈良時代にかけて行われた軍事活動のために駅路などが整備された可能性もある。

古代道路は、地域計画の基準線となることもあった。各平野部での条里が駅路を基準に設定されていたり、駅路が国境となる例もあった（摂津・河内・和泉国境、または筑前・筑後国境）。国府や国分寺などの位置関係が駅路を基準として決定されたと思われる事例も多くあった。

路線の復元
古代道路を復元するための基礎史料として、延喜式が挙げられる。延喜式には、駅路ごとの各駅名が記載されており、駅家の所在地を推定することができる。駅家は当然、駅路に沿っていたので、駅家の推定地を結ぶルートから大まかな駅路を推測することができる。その他、史書（六国史など）に駅伝制に関する記事が残されており、それを元にルートを大まかに復元することも可能である。

地名が、路線復元に役立つこともある。古代道路そのものに由来する可能性がある地名としては、大道（だいどう）、横大路、車路（くるまじ）、作道（つくりみち）、立石、太政官道、勅使道、仙道（せんどう）、縄手（なわて）などがある。駅家に由来する可能性がある地名には馬屋（うまや）、馬込（まごめ）などがある。これらが必ずしも古代道路の痕跡を示すものではないが、路線を復元する上で、非常に重要な手がかりの一つである。

行政の境界が古代道路の跡であることもある。古代から道路は境界とされることが多かったが、境界は一旦設定されると変更しにくい性質を持っているため、1000年以上を経ても境界として残存するケースがある。例えば、鳥栖市・小郡市付近に見られる直線的な福岡・佐賀県境は、古代西海道駅路の痕跡である。所沢市と狭山市の境界を見ると、所沢側から細長く500mほど突き出た箇所があるが、古代の官道東山道武蔵路の痕跡だと見られている。明治初期の市町村境界には、古代道路の痕跡が多数残存していたとも言われている。

現代の地割に古代道路の痕跡が残っている場合もある。（例）大字界・字界が断続的に数km・数十kmにわたり直線形状となっているもの。駅路幅12mと同じく、地籍図に約12mの幅で地割が直線的に並ぶ事例。旧道が断続的に直線としてつながるケース。播磨平野の溜池に残る全く意味のない6m幅で直線の堤防。

また、条里地割から古代道路を推定する方法もある。条里地割は、約109m四方の正方形から構成されているが、10m～20mほどの余分が帯状に見つかることがあり、この帯状の余分が古代道路の痕跡と考えられる。帯状の余分を条里余剰帯という（道代（みちしろ）と呼ばれることもある）。条里余剰帯は全国各地の平野部に見られる。

空中写真により古代道路を探す方法もある。地図では検出できない微妙な痕跡が空中写真で判明することもある。直線的な何らかの痕跡が空中写真に残っていれば、古代道路である可能性がある。鳥取県内の古代山陰道は、丘陵部を直線的に通っているが、地図上では痕跡は見られず、空中写真によりそのことが判明した。富山平野西部の空中写真からも直線的な痕跡が見つかり、発掘調査により古代道路であることが裏付けられた。九州では衛星画像により九州縦貫自動車道と平行に走る古代の直線道路が発見されている。

路線の復元で最も確実な方法は、発掘調査である。発掘によって平行する道路側溝が発見されれば、古代道路であった可能性が非常に高い。国分寺市からは、約300mにわたって12m幅の道路遺構が発掘され、古代の東山道武蔵路だったことが判った。

路線の復元は、上記の方法を総合的に組み合わせて行われる。例えば、播磨国内の山陽道駅路は、地名や条里余剰帯、地割痕跡、発掘調査などからほぼ全てのルートが判明している。しかし、全国的に見れば、路線復元がほとんど進んでいない地域も多数あり、路線復元はまだ大きな研究課題として残っている。

研究略史
従前、日本の古代道路は、細々とした小径・けもの道だと考えられてきた。1970年に古代日本史研究者の岸俊男が、上ツ道・中ツ道・下ツ道などが直線的な計画道路であったことを発表し、古代道路の研究が一気に注目を集め始めた。1970年代には、多くの研究者が古代道路の調査研究に傾注し、直線的な計画道路が全国に及ぶこと、広い幅員を持つことなどが判明していった。1980年代後半には、全国的に古代道路の発掘調査が行われ、古代道路が考古学的な裏付けを持つとともに、その実態も明らかとなっていった。1990年代には、古代道路が直線的で大規模な計画道路だったことは常識となり、多くの地域で、郷土史の一環として古代道路の路線復元などが試みられるなど、詳細な研究結果が発表されていった。しかし、古代道路が古代日本の社会において、いかに位置づけられ、いかに変容していったかなど、新たな研究課題も浮上してきた。

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         <pubDate>Tue, 10 Feb 2009 11:54:23 +0900</pubDate>
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         <title>装甲騎兵ボトムズ</title>
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『装甲騎兵ボトムズ』（そうこうきへいボトムズ）は、サンライズ制作のロボットアニメ（SFアニメ）。TVシリーズが1983年（昭和58年）4月1日から1984年（昭和59年）3月23日、テレビ東京系列で毎週金曜日（17：55 - 18：25）に放送された（全52話）。後日談やサブエピソードを描いた小説やOVA作品が現在も制作・発表されている。

高橋良輔が『太陽の牙ダグラム』（1981年 - 1983年）に引き続き手がけるTVアニメとして生まれた。

ダグラムで問題だった点としてサイズがある。ダグラムのサイズではコクピットから足元までの距離が遠い。そこで身長4mのロボットが制作側から提案され、スポンサーのタカラ側の承認を得た。もう一つの問題としてダグラムには顔がない点があげられた。解決策として制作側から「レンズ」が提案された。ザクのモノアイの発展である。これにはタカラ側から異論が出たが、玩具の試作で「レンズ」の回転ギミックが好評で受け入れられた。さらにタカラはダグラムでミリタリーに強い金型屋を押さえたため、複雑なデザイン造形が可能になった[1]。

一方で制作側がバトリングを中心に描く作品としたところ、タカラ側からは、よりミリタリー色を強めてほしいという要望が出された。

結果として両者の思惑はうまくシンクロ、劇中の人型兵器アーマード・トルーパー（AT）は「全高4メートル程度、主人公の乗る機体ですらも使い捨ての大量生産品」という、当時のリアルロボットアニメの中でも型破りのサイズ・設定となった。

1979年の『機動戦士ガンダム』に始まるサンライズのリアルロボット路線は本作で一つの頂点に達し、当時「リアルロボットアニメの最高峰」という評価が与えられた。現在でも本作を愛好するファンは多く、2005年に鍛造職人の倉田光吾郎が鉄素材で原寸大のスコープドッグ・ブルーティッシュ・カスタムを製作し、後に倉田本人にとっても予想外な「事後承認」の形でサンライズに公認されたというエピソードなどは、その象徴と言えるだろう。

一方、本作には様々なSF・冒険映画にあったシーンを巧みに翻案し（後述の「翻案元の作品」参照）、主人公キリコ及びパーフェクト・ソルジャーに超人的な性格を与えるなど、娯楽映画のダイジェストのようなエンターテインメントを狙った側面がある。全52話のTV放送を毛色の異なる4クール4ステージに分けたり、毎回のサブタイトルをシンプルな単語・熟語一つのみとするなど、小説のセンテンス的な作りも印象的であった。

過去の作品からの翻案部分の多さが批判されることもあるが、ファンの間では「これらはオリジナリティを損ねるものではなく、むしろ本作のアニメ史的な位置づけをユニークなものにしている」という肯定的な見方が強い。

ビデオ・DVDなどのパッケージ以外にも、UHF地方局やCS局でたびたび放送されており、ネット動画配信サービス（バンダイチャンネルなど）でも視聴可能である。

サンライズは『機動戦士ガンダム』などにおいて、自社製アニメのスタッフ以外の人間が他メディア（小説、漫画、雑誌やムックの記事など）で後付的に作成した非公式の設定については「映像化された時点で公式（オフィシャル）」という見解であるが、本作品の設定担当だった井上幸一は近年「ボトムズにオフィシャル設定無し」と発言している。

模型界でのポジションの概要
スポンサーとしては当初はタカラが提供していたため、同社から名作と呼ばれた1/24スコープドッグをはじめとする数々のATがプラキット化され多数流通したが、タカラのアニメ模型からの撤退により模型の金型はいくつかの模型社を転々とし、根強い人気にもかかわらずキットにプレミアがつくような時期が続き、ガレージキット化にも拍車がかかった。その中でプラキット界への進出を遂げたウェーブが、前述の1/24スケールキットに手を加えた「スコープドッグ・ターボカスタム」などを開発、好評を得た。そしてアニメキット界を事実上独走するバンダイが、傘下のエモーションレーベルからの作品DVD化とともに懸案のプラキット化権取得に成功、同社制作の初めてのOVA「ペールゼン・ファイルズ」登場のATを含む1/20スケールキットを発売、各社の開発競争に参入している。

スタッフ・キャスト概要
監督の高橋良輔、キャラクターデザインの塩山紀生、主人公の声を演じた郷田ほづみ、それぞれの代表作に挙げられることが通例である。特に劇団出身でコメディアンとしてTVデビューした郷田は、この作品がきっかけで本格的に俳優・声優としての道を歩き出したと言っても過言ではない。また各話担当作画監督の1人であったアニメアールの谷口守泰は本作での活躍が認められ、高橋監督作品『機甲界ガリアン』の中核スタッフを経て、やはり高橋が監督した『蒼き流星SPTレイズナー』においてキャラクターデザイナーに抜擢された。

「ボトムズ」という名称について
「ボトムズ」（VOTOMS）という名称は、ATの正式名称・Vertical One-man Tank for Offence & Maneuver（攻撃と機動のための直立一人乗り戦車）の複数形（-S）とされる（プラモデルの組立説明書の記述より）。

また同時に、スラング的な意味も持つ。脆弱な装甲、発火しやすいポリマーリンゲル液、コストを下げるため切り捨てられた機体の生存向上システム──人命よりも生産性を優先させたATはまさに“鉄の棺桶”とも言える代物だった。軍内部においても、搭乗者の生存率の低さから、AT乗り達は自らが乗り込むマシーンを自嘲気味に“ボトムズ＝最低（bottom）の野郎ども”と呼ぶようになっており、そのため軍が“こじつけ”的ダブルミーニングを行ったと設定されている。

実際には「商標の関係で作品タイトルをBOTOMSにできなかった」という制作上の都合が名称（綴り）の理由である様だ。

TVシリーズ序盤、主人公のモノローグあるいは予告編のナレーションにおいて、ATを「ボトムズ」と呼称（それとともにATパイロットは「ボトムズ乗り」と呼称）する回が数回あったが、その後劇中でその名を聞くことはOVA『ペールゼン・ファイルズ』まで暫く無かった。

テレビシリーズ概要
テレビ版のストーリーは、治安警察と暴走族が牛耳る街「ウド」（第1話 - 第13話）、1960年代のベトナムやカンボジアを思わせる内戦地帯「クメン」（第14話 - 第27話）、砂漠の惑星「サンサ」（第29話 - 第39話）、キリコ出生の秘密が隠された惑星「クエント」（第41話 - 第52話）の4つのパートに分かれており、舞台が変わるごとに、市街戦・湿地戦・宇宙戦・砂漠戦など、様々なバリエーションの戦闘シーンを展開して楽しませる。

本放送中は放送時間枠などの問題もあり、平均視聴率は決して高いとはいえなかったが、AT・スコープドッグを始めとした玩具・プラモ関連のセールスが（前作ほどではなかったにせよ）好調であったため、打ち切られることなく4クールの放映を完了した。

シリーズ概要（TVシリーズ終了後）
TVシリーズで描かれなかった空白期や、過去の物語が3本のオリジナルビデオアニメ（OVA）としてリリースされ、好セールスを記録した。この人気を受け、外伝的作品『青の騎士ベルゼルガ物語』（小説）、『機甲猟兵メロウリンク』（OVA）が生まれた。さらに1994年には本編の32年後を舞台とする続編『装甲騎兵ボトムズ 赫奕たる異端』（OVA）がリリースされた。

2006年、模型雑誌で連載中の「装甲騎兵ボトムズ・コマンドフォークト」と連動したトークショーにおいて、高橋良輔監督によるボトムズ新作アニメを制作する事を発表、翌2007年2月のワンダーフェスティバル 2007では仮称題名を『装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ』としキャラクターやATのビジュアルを公開、夏頃の作品開始を予定し進行中との情報が告知された。スタッフも当時のスタッフの殆どが集結している（一時WOWOWスクランブル枠での放送との噂も流れたが、OVAとして発売という形が取られておりTV放送は行わないようである）。OVAの『レッドショルダードキュメント 野望のルーツ』とテレビ本編の空白期間を舞台として描かれる。2009年1月17日には『ペールゼン・ファイルズ劇場版』の公開が予定されている。

また、2007年からは日経トレンディネットで、ペールゼン・ファイルズなどの制作現場やボトムズの次回作の構想を、高橋良輔が制作日誌的な小説にした「新・小説VOTOMSいちぶんの一」を連載中である。

この新アニメシリーズとは別に「日経エンタテインメント!」誌で高橋良輔が小説版ボトムズ・『孤影再び』を連載（「日経キャラクターズ!」誌からの移動）。『赫奕たる異端』の後の時代の物語で、第14回では、ペールゼン・ファイルズについて触れられており、メルキア情報相次官フェドク・ウオッカムの名が出てくる。

また、2008年にチャンピオンRED6月号より漫画『装甲騎兵ボトムズ　CRIMSON EYES』（作画：杉村麦太 ）が連載開始されている。こちらは主人公がボトムズ乗りの少女で、クエント人の女傭兵も登場する等（乗機は勿論ベルゼルガ）、ある意味前代未聞の異色作となっている。

同じように1980年代から長く続く『機動戦士ガンダム』や『超時空要塞マクロス』といったシリーズは、作品によってその都度主人公とメカ、それらが存在する時代や世界情勢などが目まぐるしく変わるため、ある意味で長期的な歴史の年代記のようなかたちになっているが、『ボトムズ』シリーズは百年戦争終結前後を軸に描かれており、作品間の時間軸が密接している。そのためどのシリーズも基本的にメカや設定などの世界観が一貫しており、32年後の『赫奕たる異端』においても大きな変化はない（ただし『青の騎士ベルゼルガ物語』の3・4巻の展開は、高橋良輔による正式な続編である『赫奕たる異端』とは全く設定が異なっており、パラレルワールドのような形になっている）。

そのなかで珍しい例としては、アストラギウス銀河の300年後の様子を描いた高橋良輔による小説『Equal ガネシス』（未単行本化）が存在する。ここではアーマードトルーパーは「ロボトライブ」と呼ばれるアンドロイド兵士に取って代わられている。

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         <pubDate>Sat, 24 Jan 2009 12:53:27 +0900</pubDate>
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